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こんにちは。
今季は庭の柿が生り年でした。

美味しい柿なので
そのまま頂いたり
柿と大根のなますにしたり
クリームチーズを加えて焼いたり
自然の恵みをありがたく味わっています。
落ち葉もすごいので
掃除や片付けもそれなりにありますが。

今季は柚子も結構なってます。
相変わらずブログの更新が追いつかないのだけど
図書館から本を借りてきて
児童文学をめぐる読書は捗っています。
数々の傑作ファンタジーを生み出した
ドイツの作家ミヒャエル・エンデ。
岩波少年文庫の作品7冊も
『モモ』で一通り読み終えた。

画像はこちらから
ミヒャエル・エンデ作品集 7冊セット|岩波少年文庫 - 岩波書店
2023年に美装ケース入りで登場とのこと。
『モモ』は再読だったけど
初めて読んだのはたぶん20代。遥か昔だ(笑)
少女モモが時間泥棒から人々に「時間」を取り戻す
近代社会の効率・拝金主義を風刺したテーマと
僅かな場面は覚えてたけど
物語自体は概ね忘れていて
こんなに入念な物語だったんだー
確かに名作といわれるだろうと
感心してしまった。
大人にも(にこそ?)お勧めしたい。
あと、エンデさんご自身による挿絵もよかった。
ただエンデの作品は初めて読んだ
最初の短編集『魔法の学校』から
意外と好みがわかれるんでは…とも感じた。
何ていうかちょっと理屈っぽい
(時にまわりくどい?)語りがね…。
でもエンデさんの普遍的で
示唆に富んだ豊かなファンタジー世界は
本好きな人には一読をオススメしたい。
『魔法のカクテル』の猫とカラスや
『モモ』の亀のカシオペイアといった
動物の活躍ぶりは個人的に気に入っている(笑)。
さて、
『モモ』からの引用をいくつか…
小さなモモにできたこと、それはほかでもありません。あいての話を聞くことでした。なあんだ、そんなこと、とみなさんは言うでしょうね。話を聞くなんて、だれにだってできるじゃないかって。
でもそれはまちがいです。ほんとうに聞くことのできる人はめったにいないものです。そしてこのてんでモモは、それこそほかにれいのないすばらしい才能をもっていたのです。
——モモはとくべつすばらしい聞き手でしたから、ベッポの舌はひとりでにほぐれ、ぴったりしたことばがみつかるのです。
「なあ、モモ。」とベッポはたとえばこんなふうにはじめます。「とっても長い道路をうけもつことがあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。」
しばらく口をつぐんで、じっとまえのほうを見ていますが、やがてまたつづけます。
「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへっていない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてしまいには息がきれて、動けなくなってしまう。道路はまだのこっているのにな。こういうやり方はいかんのだ。」——
「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん。わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ。つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」——
「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」——
「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶおわっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからんし、息もきれてない。」——
「これがだいじなんだ。」
時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画一的になり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとりみとめようとはしませんでした。
でも、それをはっきり感じはじめていたのは、子どもたちでした。というのは、子どもにかまってくれる時間のあるおとなが、もうひとりもいなくなってしまったからです。
けれど時間とは、生きるということ、そのものです。そして人のいのちは心を住みかとしているのです。
人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。
本棚にエンデの作品集もあるといいな。
じっくり読み返すのも名作の楽しみ。
名作といえば
世界の三大ファンタジーのひとつ
読み始めたよ!
先に岩波少年文庫で
この前日譚にあたる『ホビットの冒険』を読み終え、
なかなか面白かったので
思い切って手を出しちゃった…。
図書館で借りて、二巻読み終えたとこ。
先のホビットのビルボの冒険は、
かの魔法の指輪と共に
跡継ぎのフロドへと進みます。
魔法使いのガンダルフと旅の仲間が揃い
長い旅が始まった…。
ご来訪ありがとうございます。






