エブリディ・マジック-日だまりに猫と戯れ

草木と庭と猫と…本や日常のあれこれ、小さな発見

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本棚を解体してクリーンセンターへ/ミニマリストの本より『1週間で8割捨てる技術』筆子さん

 

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ニゲル(クリスマスローズ)の色合いが変化してきた

 

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モンテクリストの蕾が開きはじめる

 

 

では昨日までの断捨離レポート…

 

先日、ひとつ空けた本棚は

組立て式だったので

解体して板にまとめて

(サイドのボード2枚は

天井近くまで高さがあったんで

長さが車ギリギリでしたが、

何とか入れられた)

今季初のクリーンセンターへ

昨日駆け込みで(土曜は午前中だけ)

運びこみました。

他にはプラスチックの大型衣装ケースなども。

 

以前から見ればスッキリしたはずが

 

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面白いもので

床と壁が空いた分、残っているもう一つが

気になるんですね。

スリムな本棚とはいえ、

天井まであるのもあって

存在感が増してる、気もしちゃうな

 

でもこのツッパリ式本棚を

あと一つに絞り込むのは

今この時点では

容易くはなさそう

なので、まあ、

ここまでの成果を

讃えることに

( ̄∇ ̄;)ハッハッハ

 

でも、片づけしていると

心境も変わりやすいから

日々、あらためてチェックし直す

この繰り返しですね。

 

家の代替わりを機に

暮らしや心境の変化に伴い

もう何段階も大幅な

断捨離と模様替えを

してきました。

 

この20年程の間に

家具や持ち物に関していえば

先代(両親)のモノは

ほぼ手放してきた

はずなのに

(・・?なぜ

まだ多いと感じるのか

少人数の世帯にしては

まだモノがある、ってことか

 

そういえば

昨日は玄関に置いてた

灯油缶の古いもの一つも

クリーンセンターへ持って行ったけど

ふと、傘立てが気になって見ると

なぜかまだ傘も多かった。

捨てたつもりだったけれど

もう二つ、古い日傘とビニール傘を

分解して、明日の不燃ゴミに出すことに。

 

細かいところも

一つ一つ点検し直さないと

見落としもあるわ

 

 

 

本を読むのが好きなので

これまで、片づけ本も沢山読んできて

実際に断捨離して体験しているんで

もう片付けのノウハウについては

さほど新しい話はないものの

やはり

気になる本には目を通していたりする

 

それは

同志のエール(励まし)を得るという

メリットに尽きます、たぶん。

 

最近では

片付けの実際とノウハウを綴って

話題になったブロガーで

筆子さんというカナダ在住のミニマリストの方の

本が、KindleUnlimited(読み放題)のタイトルに

入ったので、ダウンロードして目を通しましたが

マインド面では頷くことも多かった。 

 

1週間で8割捨てる技術

1週間で8割捨てる技術

  • 作者:筆子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2016/03/18
  • メディア: 単行本
 

 

 私が、「モノより体験を大事にするミニマリストになろう」と決めたのは、このジョシュア(・ベッカーというミニマリスト)さんの書いた「眼に見えないモノを大事にしよう」という記事がきっかけでした。

 本当に大事なものは、眼に見える「モノ」ではなくて、眼に見えないもの、たとえば愛、信頼、友情、希望、夢といった心を満たしてくれるもの、美しい音楽やよい匂い、気持ちのよい風、楽しい記憶など人生を豊かにしてくれるもの。

 それなのに、私たちはいつも「モノ」ばかり追い求め、手に入れようとします。大きな家、立派な車、流行の服……。そうしたモノを手に入れることが、はたして人生の目的になりうるのか? という趣旨の記事でした。

 

この記事に共感した筆子さんは、

「もうモノをたくさん買うのはやめよう」と

心底思ったそうです。

わかるなぁ

昭和から平成にかけても

日本にモノは溢れていて

好きなものを

集めるのも楽しかったけれど

もう令和、時代も変わった。

「モア・イズ・ベター」(多いほどいい)から

「レス・イズ・モア」(過剰なものより少ない方が豊か)へ

 

若い人を中心にミニマリスト志向の方

増えているんですよね。

で、筆子さんや私の世代でも

(アラフィフというかアラカン

 意識が大きく変わってきている人も

少なくありません。

ちょうどこの世代は、介護や親の家の片付けも

視野に入るというか、直面している方も多く

片づけ本ではこの項目も多く取り上げられていますね。

 

まあ、家族のことはともかく

断捨離は、自身と向き合う機会でもあって

後書きの一節が響きます。

 

 本文でもふれましたが、今の暮らしを変えるためには、自分の思考やパターンを一度壊す必要があります。私もまだまだその途中にいます。

 モノに向き合いながら、過去の自分を手放し、一緒により希望に満ちた新しい自分になりましょう。

 

minimalist-fudeko.com

 

 

 

そして

 現代ミニマリズムの先駆け的存在のジョシュアさんの本

 

 

 

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本棚を一つ空ける/プロベンセン夫妻の絵本『みみずくと3びきのこねこ』かえでがおか農場

 

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本好きの私が何とか

絞り込んだ本から

日を改めては

更に間引いて…

納戸に設置した耐震性の薄型本棚3つのうち

奥にあった1つを空けることが出来ました。 

 

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手前の本棚と、居間の本棚に

移動したものもあります。

 

もっと減らしたいけれど

絶版本も少なくないところ

これでもよく減らしてきたと思う(;´∀`) 

 

ちょうど目途としている

旧暦の新年(立春)まで

二週間。

今週末の新月に向かい

下弦の月ということで

まさに捨てる、手放すのには

最適な時期ですが

 

ここまでくると

処分するものの量は減って

気になったところを

ピンポイントでチェックしている感じ。

 

 

さて今日は

大型の絵本を一冊ご紹介。

作者のアリス&マーティン・プロベンセン夫妻は

1940年代から、挿絵や文章を書いて

コンビで多くの素晴らしい絵本を作ってきました。

 

  

人気の

かえでがおか農場シリーズの一つ

『みみずくと3びきのこねこ』

AN OWL AND THREE PUSSYCATS(1981)

 

夏が近づいて激しい西風がぶつかる頃、

農場の一番古い木が吹きたおされました。

倒れた木のうろから出てきた

小さなちいさなみみずくの子。

母さんみみずくは驚いて逃げてしまったのか

ひとりぼっちで、まだ飛べず

エサも探せない赤ちゃんみみずく。

 

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安全な寝床と食べものを用意して

かえでがおか農場で世話をします。

みみちゃんが育って

日一日と成長していく様子が

絵本に描かれていきます。

 

家の中で飛べるようになってきたら

生まれつき野生の動物として

放してやる時も来ました。

 

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自由に生きることを教え、

やがて夕方、森の池のほとりのしげみへ

連れて行って放します。

毎朝、名前を呼ぶと

音もなく飛んできて

手や頭にとまってお皿からも食べます。

 

一日一日遠くの方から飛んできて

 

そしてある日、とうとうこなくなります。みみちゃんは、

ほんとうに自由になったのです。

みみちゃん! みみちゃん!

たまに、キイッ! キイッ!とへんじをしたような気がします。

いないのはさびしいですが、野生のみみずくはこれで満足なのです。

みみずくは、人とくらすのにむいていません。人がみみずくを

かうことはできないのです。

 

まあ、最近は猛禽類も人気だそうで

お家でフクロウを飼う人もいるようですが

絵本のほうは

農場で自然と共に暮らすお話ですね。

 

前半はみみずくのお話でしたが

後半はかえでがおか農場で育った3匹の子猫の話です。

 

農場生まれのデカオは

納屋猫が台所のドアまで連れて来ました。

道に捨てられていたノラコは

ある朝、なきながらやってきました。

そして

特製のかごに入って隣からもらったウェブスター。

あかんぼのベッドに寝たがったから、というシャムねこ。

 

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この個性豊かな子猫たちも

大人になるまでの家での様子が描かれていきます。

 

外へだしてやるときがきました。

農場のねこがそだつのには、ひろい場所がいるのです。

 

はじめのうちはこわがって、げんかんのそばをはなれません。

でも、だれとなかよしになれるのか、なれないか、みわけます。

動物たちは、ほんとにものずきです。ことにねこは。

 

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猫たちは納屋で暮らすことになりますが

行動範囲も生活もそれぞれ、

それでも好みがあるようで

ウェブスターは

生まれつき納屋猫にはなれなさそうでした。

 

夜、狩りをしているとき、デカオは野生の性質にもどります。人はねこのほんとうの主人にはとてもなれません。

 

こう、筋を追って書くと

淡々とした観察記のようですが

これがプロベンセン夫妻の手になると

とても魅力的な絵本となっていて

眺めていて飽きません。

 

実際に動物たちと農場で暮らしている

プロベンセン夫妻は、これらのみみずくやこねこたちを

いとおしみながらも、かれらのうちにながれる

野生の血をさめた目でみつめており、

全ページにわたって、動物たちの生態がじつに

おもしろく描かれています。

 

 

こちらは中古と図書館利用ですが

他のかえでがおか農場の二冊は

現在も出ているようです。

 

 

 

 

 

 

現代社会で

動物と暮らすのは

土地や自然の状況にもよって

大きく違ってくるでしょうね。 

 

先代猫はロシアンブルーのシニアたちでしたが

息子の方は、生後3ヶ月もしないで

脱走を繰り返し、お外へ出る自由を獲得した

生粋のお外小僧だったそうで

8歳でもっと田舎の我が家へ来た時は

家にとどめておくのに気をつかいました。

 

雨戸も外から開け閉めしたり、

洗濯物を出す時は

居間と廊下の間の戸も閉めて、一安心と…。

が、何か気配を後ろに感じて

ふと庭の方を見ると、え?何か灰色の姿が?

えーっ、みい君が外にいるの、何で?

戸は閉まってるのに・・

 

「やられたー!」と二階の家族。

何と彼は

二階の網戸を開けて、

ベランダからカーポートの屋根に飛び降りて

外へ出たんですね。

(父子そろって、戸開けの名人だった💦)

二階の屋根から帰って来ることもできた

運動神経抜群な猫でした。

その後、目出度く

彼はアウトドアも満喫しつつ、

お家でも父猫とヒトに甘えん坊な

彼らしい猫ライフを送りました、とさ。

 

 

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押入れも5割収納くらいに…出来るかな~断捨離モード再び

 

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年明け、巷の三連休

土曜は、図書館と買い物

日曜は、美容院で髪カットと片づけ少々

月曜は、どっぷり断捨離 

 

今回の目途としている

新年(旧暦)の立春まで3週間

ようやくまた勢いが戻ってきたみたいです。

 

昨日は

5回目の箱詰めした本の送付。

6回目の段ボール箱を新たに用意。

 

また

お天気も良くあたたかだったので

自室、2階の押入れの片づけ再び~

Fits(プラスチック衣装ケース)大型のを

また一個空けた!

これで大型2個と中型1個に小型2個だけに。

 

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↑ 通常この状態で戸を開けているので、猫が自由に出入りしてる

 

右側を開けてみると

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がら~ん・・ ミニマリストいけそう?
 

押入れ上段の大型ケースが二つとなり

その上に、袋に入れてたマイヤー毛布を出して畳んで置き

(今季は暖冬なので、まだ使ってないのよね)

タオルケットと共に暖かい敷布を掛けて

(このマイヤーとケットも買い替える予定ですが)

 

猫さまのブランケットケイブ(毛布の洞窟)も復活か…

普段はこっち側の戸が閉まっていて暗いのもいいらしい。

 

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早速、昨夜はまん中の凹んだところに寝てたらしい

 

猫って正直だよね。

昨年末、Fitsを出して二段の高さが一段になり、

古い毛布を捨ててシーツだけでぺちゃんこになったら

(ほとんどベッドにいたこともあるだろうけど)

あまり利用せず、またふかふかの厚みが出たら

使ってるよ(笑)

 

そういえば、先代猫が来た頃

他の部屋の押入れでの話ながら

父猫が見当たらないんで

息子猫のみい君に訊いた

「ねぇ、ふうちゃんがどこにいるか知らない?」

すると

押入れの前に行って一言、「ミャッ!」

で、押入れを開けてみると

いましたよ!

布団の合間にふうちゃんは潜り込んでたの。

なるほど彼らと話が通ずると

確信した瞬間でもありましたね(*´∀`*)

 

 

 

空けようかと思ってたケースの方は

そのまま薄手の肌がけ羽毛布団(夏用?)を収納。

結局処分したのは、

部屋の雑物(思い出品とか季節用品とか)入れ

としていた方のFitsケースでした。

 

昔の写真も更に捨てて、フォトファイル一つにまとめました。

これまでのダイジェストを見たら、

あっというまにレトロな過去に戻っちゃうんだけど

まあ、昨日は家族のバースディでもあったから

それもよしかと(笑) 

しばし、我が家の歴史の共有者と盛り上がった。

 

でも、もっと減らそう。 

 

後はまだみっちり入ってる

1階の押入れをすっきりさせたい。

 

今日もお天気で

シーツも乾いて取り入れたから

これから

溜まった冷凍出しがら昆布を戻して

煮つけながら、作業も再開しようかな。

今日はどこが?

ピンと来るかな~ 

 

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先ほど、外から帰ってきたお嬢さんに

席を取られた、譲った(汗)ので↓

 

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ただ今、爆睡ちう

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その後今日は

大型食器棚を出して以来、

本当に風通しよくなったキッチンで佃煮づくり。

箸休め、美味しく出来ました。

 

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節目の片づけで過去の文章に出会ってー書きたいことを書く(生きたいように生きる)

 

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台風で倒れた物置の下敷きになりつつも、復活して芽吹き

(斑入り沈丁花

 

断捨離してたら、残っていた思い出グッズの中に

原稿用紙に書かれた作文があって

思わず読んでしまった(笑)

昨年は令和に入ったが、

何と平成元年の…だよ。  

 

   学生時代と卒論から六年過ぎて

 

 あくまで、勤めは勤め、自分は自分と割りきっているはずだったが、一日の大半を過ごす職場、いつのまにか力が入り、煩雑な仕事と通勤に忙殺され、人間関係でもうんざりさせられ、ツッパリOLの心身共に疲れきった社会人五年目であった。そのような折り、思いもかけず膝の再手術をすることとなり、文字通りの骨休めに恵まれたみたいになった。

 

 ちょうど昨年、六歳離れた妹が大学四年生、私の退院後に、卒論書きで大騒ぎを繰り広げたが、私はリハビリを続けて家にいたので、忘れていた自分の学生時代と卒論のことを思い出したのである。

 以前、小塩先生が面白い話を述べられていたが、それは齢八十路の恩師が、自分の思考はいつも卒論のメトーデに戻っていくといわれ、それと同じ経験をくり返されているという。

 卒業論文は、それを書く人の生涯を通して思考のパターンを決定するほど大きな意味をもつものだと思う、という一文が印象に残っていた。

 

 自分の卒論を思い出すと、テキストの読み込みも、文献との対峙も怠った即席乱文ごときもので情けないが、とにかく提出に向けて書いてみて初めて、自分がこういうことに興味を持っていたのかと知って驚いた覚えがある。

 私は、漠然とした興味が英文学にあったので、それを大学で勉強したいと思っていたが、ナマケモノは流されてだらだらと過ごし、気がつけば三年生も終わろうとして、卒論どころか、目前に土砂降りの就職戦線といわれるものが広がっていた。

 

 シェイクスピアもテキストも、行きがかり上選んだ卒論の題目であった。それでもこれに取り組んでみれば、逆に、偉大な古典が、自身では気づかなかった自分の着眼点を教えてくれた形になった。いくらか卒論を書く過程で、自分で学ばなければならない大学ではこうやって勉強していくのかと気づいたら、はい、卒業という次第であった。

 ところで、私がゼミ編成時に出した興味を持っているテーマを見て、小塩先生が、珍しいですね、男性の研究者はいますが…というようなことをちらと言われた。それは英文学にあるユーモアというものに関してだったかと思う。しかし、それはあまりにも曖昧模糊としており、ほったらかしていたので、いつしかそのままになった。その後授業で読んでいたシェイクスピアが、実に多様な人間世界を見せてくれ、面白くなった成り行きで、卒論へと進んでいった。

 

 さて、私の卒論というのは、全体の流れを通して対象をみる、かなり大まかなアプローチであったように思う。卒論書きで、私は自分がどちらかというと、概念的、抽象的な物事の捉え方をしているのに気づかされた。まとまったひとつの作品論にはならなかった。

 それは、価値観の問題提起に始まったが、realtyとappearance、更にnatureとartの関係に進んでいった。シェイクスピア詩劇に現実世界を再生、創造する力を見出して、大げさに言えば、一種の芸術論の方向へいきつつあった気がする。意外な展開だったが、今思えば、それはまぎれもなく私の志向する一面であった。

 

 卒業後、もはや英文学も、論文を書く必要もない実社会で働く人になって六年たとうとしている。シェイクスピアという文字を目にすればなつかしいと感じるのみ、じっくり本を手にする時間はなくなりつつあった。と、ふと多忙な職場を離れた生活を送るようになって、私は学生時代の興味が思いの他薄れていないのに気づく。むしろ、社会に出たおかげで、今になって当時は漠然と英文学に惹かれた点が何なのかもわかってきた感すらある。

 それは、生きていくということに肯定的で、肩いからすことなく自らの生活を大切にする姿勢、リアリズムとリベラリズムの伝統にたたえられた文学、地味ながら味のある――ここらへんに余裕とユーモアが生まれてくるのではないかと思うが――文学である。当時は偶然卒論に進んだシェイクスピアは、この点でもイギリス的なること最たるものであった。学生時代は、それが単なる知識の域にとどまって、実感できなかったのだろう。

 

 それにしても、勤めはじょじょに疑問と迷いの日の連続となった。仕事を続けるしかなかったから、OLを演じてつっぱっていたけれど、常に自分はこうではないと感じる事柄が増えていった。枯渇寸前に、立ち止まって自己に立ち返る機会を持てて幸いである。

 足の手術をして、明けても暮れても膝を曲げる練習、骨がつくのをひたすら待ち、リハビリの日々、歩くという人間の最も基本的なことに立ち戻った入院生活を送って、人間はその本来の自然の根源的な力と、時の力を尊重しなければならないのだなと感ずる。そして、こんな時はちょっとした他の人の心が身に染み、力を与えてくれる。大事なのは、人が他とのつながりを大切にしながらもその人なりに生きていくことだと思った。

 

 思い出す学生時代は、無為の日々であるが、あの頃自身が興味を持てるものに出会っていたということは、やはりあの当時が少しは自分の根底となっているのであろう。立って歩くのに、足を地面につけていなければならない。ふらつく時に足場をみつめることもある。何しろ自分の足で歩ければそれは素晴らしいことだ。己の足元が大切なように、興味や好きなことが何のためになるかといったことは問題ではなく、謙虚にひたすら学び続けることだろう。スローテンポで現実でもリハビリをしても、私なりに歩んでいけばいいと教えられた感じのこの頃である。 

                  (平成元年一月二十九日)

 

 

 

 

この後、三十代に入った私は

通勤するという生活を卒業。

雅号も頂いて書の活動を本格化したけれど

それも今では過去となりつつある。

ろくに読めない、書けない、話せない、聴けないという

四重苦の英文科卒返上と、興味があった語学や

英会話と多読を始めて没頭したのも三十代半ばから。

四十代後半には、全く違うことも始め、

本当に人生はわからない、

から面白いのだろう。 

 

今回これを載せたくなったのは

たぶん、人生サイクルの節目のせい。

いわゆる転機や変わり目というのがあるけれど

占星術でも29歳ごろ、そして42歳ごろだそうで

これはたまたま今思うと

確かにわかりやすい状況の大変化があった。

(その最初の時期が今回の作文当時だった)

 

そして面白いのは、サイクル上

ちょうど今年がお祝いの年となるので(笑)

たまたま振り返る状況にもなったのかもしれませんね。

 

新しいスタート、ステージへ向かう時は

思い切った断捨離(場合によっては全捨離くらい)が

したくなるんだと思う。

 

また、先の作文では私のものの見方について

概念・抽象的という言葉で触れていたけれど

今なら、たぶん俯瞰的という言葉も使っただろう。

これが今の仕事にはとても役立っているから

それも面白いものだ。

 

あのころは日記でもつけていなければ

あらためて思いを文章にすることも

なかっただろうから、当時の私は

よほど書いておきたかったんだろうね。

今はブログが普及しているけれど

文を書くのが好きな人にはいい時代なのかな。

 

ネット上の読む人がいる場で文を綴るというのは

私の場合、確か誘われてミクシィを始めた時だった。

これが本当に愉しくて楽しくて(笑)

2006年くらいかな。

その後ネットショップの関連で2010年くらいに

ブログを始めたのが最初だったと思う。

ただ全くオープンな場で書くのは

自己開示に難しい面もあって(私にとっては)

その点では、ミクシィのような

限られた内輪のコミュニティはよかったかも。

 

お役立ち記事のライティングしたり

人のために書くということから

自分のために書くというのに戻しつつある今

ちょっと振り返る機会が来たのはよかった (´▽`) ホッ

人を気にせず、書きたいことを書く

(生き方のスタンスともリンクしているな)

少々チャレンジ、今更ながら目指してます(*´∀`)

  

 

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暖冬、梅ほころぶ/『心の中に持っている問題』長田弘さんの詩集より ”本 ⑶”

 

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暖かな成人の日

西側の小さな梅の木

例年より早く開花

 

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 断捨離の合間に

 

本 ⑶

 

 退屈をたのしみたい日は、古本屋のある街

へゆく。雑然とならぶおびただしい本のあい

だをさまよって、知らない時代の知らない本

のページに、きみは、風の言葉を探す。

 

 地平線を追いかけている一人の男をみた   

 ぐるぐるぐるぐる 地平線と男はまわった

 私は 心をみだされて

 男に 声をかけた

 

 「無駄だよ」と、私は言った

 「きみは絶対に――」

 

 「嘘をつけ」と、その男は叫んだ

 そして なおも走り続けた

 

 忘れられた異国の詩集のなかの、とある二

 人の男の奇妙な会話。きみは耳を澄まし、微

 笑する。帰りに、花屋に寄って、クレマチス

 を買ってかえろう。そして、熱いコーヒーを

 淹れて、ゆっくりと飲もう。

  退屈をたのしむには、花とコーヒーと新し

 い時間をくれる古い本があれば、いいのだ。

 

  長田弘  『心の中にもっている問題』

     詩人の父から子どもたちへの45篇の詩

 

心の中にもっている問題―詩人の父から子どもたちへの45篇の詩

心の中にもっている問題―詩人の父から子どもたちへの45篇の詩

  • 作者:長田 弘
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 1990/03/20
  • メディア: 単行本
 

 

 

 

 

現代社会では

なぜか忙しいという人は少なくない

あっという間に日が過ぎていく

うっかりしていると

あれこれ

しなければならない

(と思い込んでいる)ことに忙殺される人もいるかも

 

暇を持て余して

何をしようかな

散歩しようかな

本でも読もうかな

というゆるやかな流れはいずこへ

何かやりたいことがあるなら

それを予定にねじ込んで

その世界に入り込んでしまおう

 

たぶん

入り込んでしまえば

こっちのもの

同じ飛ぶような時間でも

幸せなひとときが味わえるかも、ね。

 

その昔

社会人になった頃から

ご隠居というのに憧れていたことも

生涯現役というより

何かご隠居には

文化的というか趣きがあった

退屈を楽しむ、って

贅沢な響きに聞こえる

のが

むしろ不思議な気もする

今日この頃

 

 

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