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白いシャクナゲの花が終わった頃に
今季は、赤い花が一つだけ
咲いてくれた。
学ぶということは、「理解」するのではなく、「気づく」ことです。「気づく」と「理解」はまったく違います。ここに気づかされるまでが、一つの転換期です。
簡単に言ってしまえば、理解して実行したのは、振動数が低いのです。どういうことかと言いますと、理解して実行したというのは、自分が今回の人間として生まれて体験して学習して学んだ知識を元にして、判断するわけです。それと照合して、自分の自我と欲が満足できる状態で受け入れるか受け入れないか、そこで境目を決めますね。理解して納得するというのは、自分の自我と欲が満足できないかぎり、絶対、受け入れない、納得しないです。これが「理解」です。
「気づく」というのは、そういうことに関係がありません。腑に落ちて、受け取ってしまうのです。損しようが得しようが、自我や欲が満足できようができまいが、それを理屈抜きで受け入れてしまうということなのです。これが「気づき」です。「時空の仕組み」の本質の一端に触れるのです。
『波動の法則 実践体験報告―足立育朗が語る時空の仕組と現実』
以前、人気のあった『波動の法則』について、
その後の実践体験報告を
足立育朗氏が語られたものを監修した新刊。
今井博樹氏が対談されているので、内容が
よりわかりやすくなっています。
この“気づく”ことの重要性は、たまたま先の記事のKan.さんでも
指摘されていましたが、これまでの経験ではなく、理屈ぬきで“知る”
そして、頭で理解出来なくても、そう感じたら、行動する大切さを
今、これからの時代の在り方として、あげられています。
“気づいてわかったら実行する、”(P136 )
裏づけの根拠はなくても、実行するという勇気。この状態で、理解するのとは違う体験ができるのです。理解では絶対に体験できない感覚です。説明できないですけど、「知っちゃう」「わかっちゃう」、これがいわゆる「腑に落ちる」ということです。
更に、“もう少し違う言い方をすれば、
「腑に落ちる」というのは、ハートのチャクラに届くことなのです。…”
と続きます。
ハートというのが、大事なんですね。
今回も、
“自然の仕組みに適って調和のとれた方向に直観を使って、
決心をして実行され、現実の日常生活に環現し、自らも実体験される事”
を繰り返し、述べられている姿勢は一貫しています。
これまで学んできたことや、
社会や、いわゆる一般常識や通念に従って
機械的・自動的に(オートマティック)に反応するのではなくて、
それぞれが本当の意味で目覚めて、気づいて実行していくことが
とにかく大切な時代なのだと感じます。
(不思議の庭のミランダ)
ところで
結局、どういう生き方かというのは
妹さんの足立幸子さんが遺した本が、わかりやすく
読みやすくて、いい内容(確か講演録だったらしい)で、お薦めです。
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