エブリディ・マジック-日だまりに猫と戯れ

草木と庭と猫と…本や日常のあれこれ、小さな発見

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冬季の銅葉、初夏にかけての面白い花と鞘(さや)-ドドナエア・プルプレア

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今日は晴れてきているのだが、

何だか、まだ寒い。

 

庭の草木は、確かに動き出していて

もう少ししたら、庭仕事もしたくなるんだろうが

足踏みしてる感じだ(笑)

 

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立ち話していて、お隣さんに頂いたシクラメン 

今はいろんな姿形(種類)があるよね。 

 

 

 

さて

冬季に、落葉したすっきりしたシルエットの木が多い中、

細々ながら、鉢植えのドドナエア(プルプレアorパープレア)の

銅葉が眺められる。

 

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 朝日を透かした葉  2月

 

近年、オーストラリア産の植物も人気で、

これもその一つらしいのだが、落葉せずに

寒い時期に、魅力の銅葉となり、その後、緑色に変わっていく。

 

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1月

 

赤っぽい銅葉が、だんだん濃くなっていく

 

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4月12日  

 

よーく見ると(見ないと気づかず)

 

蕾?がついていた

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もしかして、肝心の花を見落としたかも

この延長上の地味なものらしい

 

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5月26日

だいぶ、葉が緑色になってきて

 

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薄いピンク色がかったものが

鞘(さや)らしい

 

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6月5日

 

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綺麗なピンク色になって、ようやく目立ってきた

この後、更に多く、結構長くついて

花のような風情で見事だった。

(なぜか、その写真撮ってなかったみたいね)

今年はまた咲いてくれるかな~。

 

とか、以前の写真を拾っていたら

外も、本格的に晴れてきた。

一つ済ませておきたい刈り込みがあるんだけどな…。

 

いよいよ、日に日に庭の草木の動きが

活発になってくる季節が来ている。

それにしても、今日は寒いよ。

 

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矛盾や葛藤も受け入れる-『自分を信じて生きる-インディアンの方法』松木正さん

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予報通り、雨が降っている。

先月後半からか、この辺りは

ものすごく寒い日も少なかったが、

どうも、春めいて暖かいという日もあまりなく

…といった感じかな。

 

で、私も、このところ

淡々と更新しているような…(笑)

何だかな~ 

変わり目はいろんな面で、すっきりしない。

 

 

 

 

 ああ、私の目の前が美しい 後ろが美しい 上が美しい 下が美しい

 私を取り巻くすべてが美しい ああ、私は美の小道の上を歩いている

 ぼくのナバホ・インディアンの友だちによると、この祈りの中の『美しさ』とは、「混沌」や「ネガティブなものとポジティブなものが混在している状態」を表し、また、「葛藤」や「矛盾」に出くわしたときに起こる、自己とそれらとの合間に見えかくれする調和をも意味するらしい。つまり、自分の周りは矛盾だらけではあるけれど、その中で何とか折り合いをつけて生きている。それこそが『美の小道』なのだ、と。
      『自分を信じて生きる インディアンの方法』 松木

 

 最近の子供に、整然と植林された林と

雑木林の写真を見て尋ねると

植林された方を好きだという子が多いとあった。

 

すっきりしているということなのだろうが

物事を、何でも白黒つけようとしたり

関係ないと切り捨てたり

矛盾を排除しようとすると

だんだん、当人も生きづらくなっていくものだ。

 

松木正氏は、ラコタ(スー)族の居留地

先住民族の暮らしや智恵を学び

実践活動を通して、またこうした著書で

示唆にとんだ話を

とてもわかりやすく伝えてくれます。

 

もともと私たち日本人も

やおよろず(八百万)の神、あらゆるものに神が宿ると考えた

アメニズムの文化であり、自然と共生する

ネィティブアメリカン(インディアン)といった先住民族

志向に近いものがあるはず。


本来はこうした感覚的で繊細な知覚に優れている

のではないかと思うのですが。

 

自分を信じて生きる―インディアンの方法

自分を信じて生きる―インディアンの方法

 

 

判断を急ぎすぎてはいけない。何が起きているのか、よーく見るんだ。そうすると、いつしか頭ではなくハートが『よし!』と判断をくだすときが来る。それを覚悟というんだ。 

 

 「矛盾はあっていいのだよ」
 ラコタ族の長老は言う。
 ―中略―
 老人たちはだれに恥じることなく、こう語るのだ。
 「そもそも、自然も宇宙も、矛盾をはらんでいるのだ……。自然は母で、われわれ大地の子にたくさんの恵みを与えてくれる。しかし自然は人を殺すこともある。矛盾でいっぱいだ。どうしてこんなちっぽけな人間が、白黒はっきりさせてうまくいくのだ? 宇宙はもともと混沌から始まったのだぞ!」

 

近代的な一方で狭い思考に行き詰まりがちな私たちに

素朴で実は豊かな在り方を思い出させてくれます。

興味を持たれたら、一読をお薦め。

 

"頭でなく、ハートで判断”というのも、

煩雑な日常で、ついつい忘れがち。 

迷ってもいいから、常に、その時々の

自分の気持ちを大切にしよう。

 

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毎日が冒険-『隠居宣言』横尾忠則氏

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今日は、啓蟄だそうですね。

ようやく暖かな晴天でした。

明日は雨の予報だけど、

そろそろと、庭仕事も始められる時期かな~。

 

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  クロッカス リメンバランス 

 

 

 

 毎日が冒険だと思う。未知の年齢に対する冒険もある。新しく眼を開くことはすでに冒険ではないだろうか。わざわざ遠くに出掛けなくても冒険は可能だと思う。今日の自分じゃない自分を試してみたいと思うことがすでに冒険である。その対象は何でもいい。読んだことのない本を読むのも冒険じゃないかな。

 

 冒険は、昨日の生き方と今日の生き方を同じにしないってことでしょうか。まあ、世の中の人たちはみんなやっていても、自分がまだやっていなければ、それが冒険なんですよ。誰がやったか、やってないかっていうことはあまり関係ないですね。美術の世界でもそうじゃないかな。       『隠居宣言』 横尾忠則

 

隠居宣言 (平凡社新書)

隠居宣言 (平凡社新書)

 

 

何しろ、タイトルは横尾氏の隠居宣言である。

個人的に、学生を卒業して、社会人となった当初から、

密かにご隠居というライフスタイルに憧れていた私としては

読まないわけにはいくまい(笑)

 

いや~、面白い内容ですよ。

横尾忠則氏といえば、あの鮮烈な絵の印象と

和太鼓奏者の林英哲さんの憧れであったという話を思い出しますが

年代的には、母親と同じくらいだったんですね。

 

もちろん、隠居の醍醐味というのが、よく伝えられているし、

それとはまた別に

やはり、横尾さんというのはすごい人なんだなぁと

あらためて感心しました。

芸術というもの、創造的であるということ、精神性、

肉体、あの世とこの世、故郷…

その他もろもろ、人生全般について

108つの質問に答える形式で

読みやすいけど、読み応えもあります。

率直で楽しい。

 

横尾さんの本は初めて読んだけど(これも冒険!?)

結構、ツボだとわかったものね(笑)

 

ところで、上の新書は、今は古本、図書館みたい。

 

昨秋、出た新書『死なないつもり』がなかなか面白そうなので

これも読んでみようと思ってます。

 

死なないつもり (ポプラ新書)

死なないつもり (ポプラ新書)

 

 

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椅子の上、テーブルの下で爆睡ちゅう

 

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『自由からの逃走』-エーリッヒ・フロム

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日差しは春めいてきたものの

風があるとまだ寒かったりする。

 

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 斑入り沈丁花 いい香り~

 

さて今日の一冊は…

って、

あるいは今日の本棚とか?

ブログのサブタイトルにしたほうがよさそう(笑)

 

 

 

 

タイトルが、逆説的真理ともいえる『自由からの逃走』

社会心理学者のエーリッヒ・フロムの名著ですね。

 

個人の自由は、実は耐え難いものでもあり、

それゆえに、自虐・加虐的、権威主義等に走りやすいのが

人間であると述べています。


ナチに追われ、アメリカに渡り、ファッシズムへの痛烈な批判

出版された1941年は、第二次世界大戦時でもありました。

今、目を通しても、現代人も同様の罠に陥りやすく、

様々な問題を提起しているのがよくわかります。

  

自由からの逃走 新版

自由からの逃走 新版

 

 

いうまでもなく、一番最初の権威は、親や社会ですね。

人間は生き抜くために過剰適応しやすい面があり

よい子が、神経症的になるのもその始まりです。

この典型的な人生の処し方は、少なくありません。


もっとも、親はよかれと思っていたかもしれず、

なぜか強く影響を取り込み過ぎたりして、

問題は大人になってからも、気づかずに

無意識に縛られているままということです。

本来の自分自身を生きるのなら、本当は

その親にせよ、何であれ、意識的に

自分以外のエネルギーは取り除く必要があります。

 

フロムも述べていますが、本人が自分のものだと思っている

欲求や願いなども、実はそうではない場合が少なくない。

皆と同じという発想や、すぐ他と比べる傾向をみればわかります。

本当に、時代は大きく変わりました。


一人一人が自立した人間として、まさに自由に

自身の行動に責任を持って生きる時代になっています。

これまでの依存や迎合の在り方、価値観は手放す必要があり、

そのように迫られ、なかなか大変ですが、

本来の人生を歩むのは、たぶん途てつもなく

喜ばしいことなのだろうと感じます。

 

フロムは、この後『人間における自由』という続編を著していて

(今は、古本か図書館のようですが)

そちらの、終わりの方にこう書かれた箇所があります。

 

人生におけるもっとも大きな仕事は、

人が自分自身に誕生を与えることであり、

自分の内にある可能性を実現させることである。

   

 

ちなみに、ベストセラーとなったアドラー心理学の教えの本

嫌われる勇気』やその続編にも、

フロムの著書が引用されています。

今回取り上げたものより、読みやすい

『愛するということ』という本です。

これも、とても示唆に富んだ内容で、お薦めです。 

 

愛するということ

愛するということ

 

 

やはり春は、何かの節目だったり、

切り替えみたいな時期だったりもします。

変化や新しいチャレンジには、不安もつきものですが、

フロムが言う"自分の内にある可能性を実現させる”

きっかけや、チャンスかもしれない。

ヘタレっていうの、臆病なの卒業したい私です(笑)

 

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『喜びから人生を生きる!』-アニータ・ムアジャーニさん

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昨日は雨でしたが、

桃の節句の今日は、晴れて

少し暖かくなりました。

 

 桜の木の下で、

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咲き出していた、プリムローズ(プリムラ ブルガリア

 

 

 

 

さて、今日は、

いろいろな面で、興味深い本です。

 

臨死体験を経て、

壮大な気づきを得た著者が語る一冊ですが、

際立っているのは、

いわゆるワンネス(すべてがつながっていること)を得て

肉体に戻ることにした後、

彼女の末期癌がすべて癒えた(自然治癒していった)という

事実があることでしょうか。

 


 私にとって、自分が身体以上の存在であり、はるかに大きな存在であると知ることが重要でした。病気は自分の落ち度のせいではないと、何度でも言いたいと思います。もしも病気が自分のせいだということになれば、病気の人は失望するでしょう。そうではなく、私が言いたいのは、身体は私たちの気づきに反応するということです。子どもも、動物も、環境も同じです。私たちの意識は、自分で理解しているよりもはるかに大きく、地球という惑星を変えることさえできるのです。それは、私たちがみんなつながっているからです。このことは何度言っても足りないくらいです。

 

 すべて体験し終わったあとで、自分に起こったヒーリングについて話したり、「信頼して手放し、生命の流れに任せよう」と言うのはたやすいですが、どん底にいる時は、それを実践するのはもちろんのこと、何から手をつければよいのかさえわからないかもしれません。でも、その答えは案外シンプルで、“自分に対する愛”を持つということなのです。この答えを聞いて、あなたは眉をひそめたり、うんざりするかもしれません。でも、自分に対する愛を深めることがいかに大切であるかは、どんなに主張してもしすぎることはないでしょう。

 

喜びから人生を生きる! ― 臨死体験が教えてくれたこと

喜びから人生を生きる! ― 臨死体験が教えてくれたこと

 

 

アニータさんの生い立ちや、文化的背景なども述べられて、

その中での社会的な生き方によって、

本来の自分を抑圧して表現しなかったこと、

自分より、他者(からの承認など)を優先して、

自分のパワーを見失い、恐れを増大させたこと、

臨死体験の際に、それが病の意味だと知ります。

 

そして、自らが、無限の宇宙のエネルギー的な存在で

愛であるとの気づきを得たことで、

従来の信念や思い込みなどの思考の制限から解放され、

癒されたのだといいます。

 

 愛の存在であるとは、自分の魂をはぐくみ、自分の欲求を満たし、自分のことを後回しにしないことが大切だと気づくことです。この気づきによって、私は、いつも自分に正直になり、敬意や優しさをもって自分に接することができるようになりました。さらに、欠点や間違いだと思われることも、何の判断もせずに眺めてみて、無条件の愛の中での体験や学びのチャンスと考えられるようになったのです。

 

今は、恐れでなく、喜びから生きているという

アニータさんが伝えるのは

自分のパワーを他人へ与えてしまわず、

まず自分自身を無条件に愛し、

楽しみ、自分のすばらしさとつながり、

恐れずに表現しましょう、

というメッセージです。

  

どんなものでも、

受け取れるものは

その時の自分次第ではありましょうが、

新しい時代を生きる私たちに、お薦めしたい一冊です。

 

 

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